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【小説】チャネラーちゃんにお任せあれ! ファンアートあり

とぴん様より二度目のファンアートをいただきました。ありがとうございます。創作意欲に燃えます。

稚拙、チャネラーちゃんにお任せあれ! は自身のニート生活をモデルに、アニメ、シャーロットを真似たものです。もしよろしければ、ご閲覧お願いします。

21,380文字です。気軽に読めます。※下ネタ注意

チャネラーちゃんにお任せあれ!

第1話 チャネラー

 深海理人(ふかみ・りひと)は引きこもりをしている。

 安アパートの角部屋でひっそりと死んだように息をし、誰にも悟られずのうのうと自堕落に生きている。高校は停学。むしろ自分から進んで不登校になり、もう自分が2年生なのか3年生なのか分からない。そもそも今は何曜日だろうか、と朝から晩まで煩悩と雑念と思念が入り混じった空想を広げている。

 こじんまりとした一室を外界とつなぐのは唯一郵便屋さん。彼は親の仕送りという名の段ボールを週に一度持ってくる。古びた段ボールの中には食料と本、中でも自己啓発書が多数含まれている。親は親で高校生の不登校ヒッキーwを心配しているようで、【不登校だった僕が1年で脱出し年収1億円稼げちゃった、ぐへへ(^3^)-☆】と引きこもり中心の本を送ってくる。

「南無南無」

 理人にそれ系の本は通用しない。いつものように本棚の隅っこのゴミ箱スペースに本を閉じ込める。

「そもそも何で引きこもりが1年で脱出できて次いで年収1億円とか、詐欺おつ」

 世の中不条理ばかり。引きこもりの彼は人生の成功を期待していない。ただ、部屋の中に引きこもって己の研究成果をネットに書き込み、自己満オナニーできていればただただ満足だった。

 白米を炊き、保存できる魚肉ソーセージを焼き、水をがぶ飲みする。引きこもりはやせ細っている印象が強いかもしれないが、そんなことはない。理人は炭水化物ばかり摂取するので高校生の平均体重を10キロほどオーバーしていた。腹が山をつくりオーガ体型を維持している。というか絶望している。

 自分は将来デブになって、糖尿病と肥満と脳出血で死ぬんだ、とガクガク震えている。

 自宅入院患者の糖尿病の罹患率がなんと多いことだろうか。高校生ヒッキーはネットでブートキャンプを見ながら、ダンスしている。幸い、この部屋は1階。もし2階で飛び跳ねたり、スキップしたりしようものなら階下から北斗百裂拳の苦情が来る。

「自己啓発書では自己肯定感が大事なのにな」

 行動すればすべてが変わる。行動すればすべてが、行動すれ……。

 そう。行動あるのみなのだ。

 理人が引きこもり中に踏破した自己啓発書のほとんどは行動を重きに置いている。本を読めば知恵がつき、知恵がつけば、人なるもの試してみたいと行動する。理人は1000冊の本を読み、結果、変われずにいた。いくら知識を付けても体が言うことを聞かない。

 完全なる精神病。もし、自称するならば、引きこもり鬱とでも名付けようか。

 出よう出ようと思っても脳が死んでいた。外に出るくらいなら一日中、寝る。理人は陰陽の闇の部分を受け持っている。

 日の当たらない生活は肌を白くするが、果たして理人はドラキュラごとく真っ白に染まるのだろうか。不安と後悔の波を押し寄せながらご飯を飛べ終えると、

 ピンポーン。

 チャイムが鳴る。

 食器を簡単に片づけ、郵便屋のお兄さんだと、たかをくくり、ドアを開けるとすると、理人の目の前にとんでもない光景が、目に飛び込んでくる。

「チャネリングしました」

 数年ぶりの女性との対話だった。目の前の少女は高校生の制服を身に着けていた。

第2話 神の啓示

「私はとある理由から深海様にお仕えすることになった天使です。以後、一切の抵抗を禁じます。今すぐ、あなたの部屋に入り、ファック(セ○クス)してください」

 おお、ファック(死ね)。

 彼女の名前。海上日葵(かいじょう・ひまり)というのは後から聞いた。

「何なんですかいったい、警察を呼びますよ」

「問答無用」

 日葵はドアをこじ開けて、それは強い力で抵抗むなしく家宅侵入を許してしまう。理人を押し倒し、踏みつけて、そのまま彼のルームに移動してしまう。

「すんすん、これが深海様のお部屋ですか、なるほど、イカ臭いですね」

「死ね」

 女子高生一人の侵入におびえる理人ではない。正気を若干失いつつも客人として女を扱うことにする。立ち上がり、台所に行き、お湯を沸かす。

「くんくん、深海様。エロいです」

 オール無視。とりあえず飲み物はどちらがいいかを聞く

「君、紅茶とコーヒーどっちを飲む?」

「激甘の砂糖入りコーヒーでお願います」

 元気よく手を挙げる日葵。

 このとき、理人の脳内で完全なる不審者日葵の存在を議論させていた。一、親族の関係者。普通、他人の家に土足で上がるのは近しい関係が強い。姉か妹か、従妹か。しかし、理人にこんな型破りの親戚はいない。二、頭のおかしくなった障害者。世の中、ときおり、電波系と呼ばれ、意味不明な発信、言動をする思春期特有の病気がある。中二病、とも呼ばれるそやつは、無害な一般市民を苦しめる。

 チンチンポーン。

 およそ10秒ほどの脳内会話の結果、海上日葵を中二病の妄想野郎と決定づけた。

 理人はコーヒーに砂糖を入れ、自分はブラックで二つのコップを部屋の中央に置く。とりあえず中二病野郎の話を聞く。

「天使様だっけ? なぜ君は僕とファックする羽目になったの?」

「よくぞ聞いてくれました深海様」

 日葵はおさげの女の子で可愛らしいバンダナを巻いている。利己的な顔立ちのせいで余計に言動が危うい。

「私はリココ星雲から発せられた電波により、深海様の童貞を取るべく天使となったのです」

「ど、ど、ど、童貞ちゃうし!?」

 真っ赤になる理人。図星を当てられて動揺する。

「リココ星雲の超能力者は、私に天上の能力を授けました。しかし、反動として私の中に“悪”という二重人格を作り上げたのです。私は、堕天した半分が善で、半分が悪の存在。そんな私の中にある“悪”を取り除くには、深海様のお力が必要なのです」

 んんん、と苦しむ理人。日葵は顔を使づける。

「理人さまのお力が! おもにあなたの童貞チ○チンが欲しいのです!」

「チ○チン言うな!」

 恥ずかしいので、日葵の額に軽くチョップした。

 突然やってきた海上日葵。彼女は電波系とも中二病とも言う。しかし、高次元存在の知的生命体から信託をもらう存在を、天使、またの名を――チャネラー、と言う。

第3話 天才

「本題に入りましょう。理人様。これは真実です」

 コーヒーをずずずと啜り、部屋の中央で正座をする日葵。

「私の中に目覚めた“悪”とは、世界を滅ぼす存在です」

 SFの話だと思って聞いてほしい。リココ星雲から通信を受けた日葵は、彼女の中に“悪”を目覚めた。結果、防衛体制に入った地球は、“悪”を倒すために善ある存在を地球人にちりばめた。善とは、“悪”と対をなす超能力者。

 その中で、深海理人に与えられた善とは、“悪”の器と結婚すれば“悪”だけを封印する能力のこと。

「理人様は私の救世主であります。あなたの能力『“悪”を封印する力』があれば、私は他の善から命を狙われなくて済みます。さあ、早くファック(セ○クス)しましょう! いて!?」

「バカ。誰がそんな話を信じる」

 チョップした理人。彼女が無害だと感じられるからコーヒーを出しただけで、本当ならば警察に突き出すのも悪くない。意味不明の日葵に、理人はこりごりしていた。

「僕が君を助ける超能力者だって証明してくれ。もちろん行為なしでお願いする」

 電波系の言うことは聞かず、ずっと沈黙のまま聞き流すに限る。仮に、“悪”を秘めた日葵の登場によって地球が滅びるほどの大惨事になったとしても関係ない。電波とは無関係の距離を保ち、無視する。

 だから無難な会話に持っていこうと理人は考えた。この意味不明な女子は一時間も話せば帰ってくれるだろうと高をくくった。

「で、君の中に眠る“悪”は何をするんだ? 何ができるんだ?」

 コーヒーを机に置き、まっすぐと理人を見つめる日葵。

 彼女は“悪”をこう説明した。

「天才です」

「……天才?」

「天才とは太陽である。遠くに離れてみると多大な恩恵をもたらしてくれるが、近寄りすぎるとすべてを燃やし尽くしてしまう」

 続けて、

「彼らは3つのことを言った。ラビ・エリエゼルは言う。あなたの仲間の名誉をあなた自身のもののように大切にしなさい。すぐに怒ってはならない。またあなたの死の1日前に悔い改めなさい。また賢者たちの火にあたって暖をとりなさい。しかし火傷をしないように彼らの燃え盛る炭火に気をつけなさい。なぜなら彼らは狐のように咬み、さそりのように刺し、また蛇のようにシュルシュルと音を立てるからだ。彼らの言葉はすべて燃え盛る炭火のようだ。『アヴォート』(2章10節)」

 日葵は“悪”を、狐のように咬み、さそりのように刺し、蛇のように音を立てる存在だと表現した。

 宗教色の強い発言。理人は彼女がキリスト教の勧誘か何かだと勘違いした。今から怖い人に家に侵入され、金銭をねだられるのだ。しかし、日葵は理人の頭の中の考えを読み、否定した。

「違いますよ。善悪は、超能力者です。怖い人ではありませんし、ましてや、宗教家でもありません」

第4話 脱出

 引きこもりが外に出るのは勇気がいる。ふだん出ないせいで、いったん外に出ると遠近の関係で視界がぼやける。遠くを見ると、久しぶりに見た遠くの景色に視界をやられる。

 日葵の話がやけに真剣みを帯びていたので彼女に連れ立つことにした。

 日葵は理人を歓迎してくれたが、外は彼を歓迎しなかった。明るい天気がさんさんと照り付け、肌を刺す痛みを感じる。日光が痛い。心が痛い。外に出るということは命がけだ。

「もっとも日葵の話があまりにも奇想天外だったから出たんだけど」

 小言を呟く理人。世界の危機に外に出ない訳にはいかない。

 日葵と名前呼びするのは、彼女に不思議な魅力を感じたからだ。まるで魔法。電波系のくせにコミュ力が抜群。

 外の何の悩みもない天気とあいまって、ひどく嫌になる。

「理人様には実際に見てもらったほうがいいかもしれない。“悪”になってしまった私に引かれ、たくさんの善が目覚める。善を探しに行きましょう」

 デートというにはあまりに場違い。電波中二病の探検に巻き添えをくらった奴隷という表現が正しいか。理人はRPGの勇者の後をついていく仲間Aと同じ。ぐんぐん進む日葵の後を追った。意外に早い。彼女の進む速度は目的地を知っているようで、難なく尋ね人にたどり着いた。尋ね人というか、尋ね猫に。

「ニャー」

 話しかける日葵。

「リココ星雲から降臨した“悪”です」

「ニャー」

 白い猫。どこにでもいる愛らしい顔をしている。男なのか女なのか性別は不明。

「隠しても無駄ですよ。『喋る』を獲得した猫さん」

「チッ、さっそく見つかったかい」

「え!?」

 おっさんの声がした。猫から。この、愛らしい白い猫は男性のようだ。

 善『喋る』を獲得した猫さん。彼は、ありとあらゆる言語を介する。人と猫の通訳にもなるし、ほかの動物、虫、植物と意思疎通ができる。

「猫が喋った!?」

「ふんっ、これでやっと信じてくれたみたいですね。私“悪”を倒すために地球の生物たくさんに超能力を与えられたのです」

 猫が喋る現場を目撃したのだ。日葵のファンタジー話を本当だと信じるしかない。ということは、理人にも善が目覚めたということになる。いわく性行をすれば“悪”を封印するという善を。

「ほほう、兄ちゃん。激レアな善をもらったようだな。チートだぜ」

 おっさん、の白猫が話しかける。彼は心の中が読めるらしい。超絶凄い。

「勘違いすんなよ。テレパスによる会話は“悪”に何の関与もできない。クソ雑魚の中だ。上中下の真ん中な。ええ、兄ちゃん。“悪”に直接関与できる能力は上だぜ」

「猫さん、なんでそんなに詳しいんですか?」

「そりゃ、おめえさん。リココ星雲と敵対する地球に聞いたからさ」

 そういえばそうだった。彼、白猫さんは地球と会話することも可能なのだ。

 リココ星雲からきた“悪”海上日葵。VS地球で目覚めた能力者たち善。

 立場や関係が見えてきた。

第5話 緊急

「では猫さん。要件を言います。私の言うとおりにしてください」

 日葵の要件はこんな感じ。

 一、地球上にいる善なる能力者に事情を話す。
 一、善なる能力者を海山市に集まる。
 一、全員で“悪”を倒す作戦行動をする。

「ちょっと待て、嬢ちゃん。善なるものはパッと数えただけで何百人もいた。それだけの人と会話しろと?」

「はい、そうです。あなたは猫なのですから」

 猫と言えば百万回生きた猫。という有名な物語がある。また、長寿の猫は猫又怪異となり多くの生涯を生きながらえる。猫は長寿の象徴だった。

 日葵は白猫の頭を撫でながら言う。

「時間と暇はたっぷりありますよね。私が住む海山市に能力者を集めてください。今からこの町を能力者の町にしましょう。素敵です」

 猫が慌てて逃げる。

「分かったよ。あんたにモデル『百万回生きた猫』なんて能力を授けられたら、たまったもんじゃねえ。言うとおりにするよ」

「ありがとうございます。それもこれも“悪”を倒すためです」

「はあー面倒くさい。そっちの兄ちゃんが交尾するだけで一発解決する問題を、なんで俺なんかが、おい、あんちゃん、インポテ○ツってやつかい?」

「今日初めて会った変な奴とそんなことできるか!?」

「兄ちゃん、猫界隈じゃ普通だぜ」

「猫と一緒にすんな」

「理人さんは童貞の優柔不断野郎なんです」

 横の日葵に痛いところを突かれる。う、たしかにそうだよ。

 結局、その日、猫によって届けられたメッセージは千通に及んだ。

 リココ星雲から降臨した海上日葵の中に眠る“悪”をやっつけるために開花した善。能力者たちは海山市に集合し、猫を中心にオフ会を開くことになった。

 三日もあれば全員に行き渡る手はず。順風満帆の作戦。

「では、三日後に。よろしくお願いします」

「よくそんな飄々としていられるな、日葵」

「地球の危機ですから。同じ地球人として頑張る次第であります」

 日葵は身を粉にして働いている。場合に至っては、理人との不順異性交遊をも辞さない覚悟。何が、彼女をそこまで突き動かすのだろうか。“悪”とは何で、善は何ができるだろうか。

「理人さん、ユダヤの教えにこんな言葉があります」

 彼女の雰囲気が変わる。続けて、

「善では意味がない。善行をしなさい」

「善行?」

「そうです。あなた方能力者の善は素晴らしいと思います。ですが、行動に移さねば意味がありません。私は自分のことを善だと思い、善行しています。どしたら“悪”を倒せるのか日々考えています」

 海上日葵は真面目だ。不運があると幸運を生み出そうとする。悪よりも善、善よりも善行。道徳心の塊のような女の子だった。

「ですから最悪の事態に備えて理人さんとイチャイチャラブラブしましょう!」

 前言撤回。彼女はただの思春期の女の子。ただ性に興味津々だけのよう。

 ずんずん理人のアパートに進む彼女に静止をかけた。

「待て待て、“悪”退治に協力するから今日はもう家に帰りなさい。お前の家はどこだ?」

「ないです。かといってホテルは高い。ならば理人さんのお家に同棲で候」

「おお~い」

 “悪”退治のドタバタコメディはまだまだ続く。

第6話 夢

 夢を見た。昔の夢。

 当時、引きこもりになる前、うつ病だと気づかなかった時。

 理人は本を読んでいた。好きな本。ウェルズのタイムマシン。

 SFに影響を受け、こじれていった彼。

 当時、高校の過激な競争にかられ、強迫観念に捕らわれていた。

 勉強すること。部活すること。一番を目指す至上主義についていけず、理人は登校と不登校を繰り返す毎日を送っていた。

 ある日、ウェルズのタイムマシンをパラパラめくると文字が読めなくなった。?である。読書家の気どる青年が文字が読めなくなったのだ。学校に行かず、好きな読書を満喫していただけにショックだった。

 すぐ病院に行った。うつ病と診断された。理人は泣いた。親は優しく慰めてくれたが、理人はえんえんと泣いた。だって悔しかった。以降、SFを読まなくなった。親はゆっくり休みなさい、と言ってくれた。もし、タイムマシーンがあれば、理人は、中学生に戻りたい。高校に入ったことを絶望し、悔いた。

 あれからどれくらい経っただろうか。引きこもり、薬を飲み、自己啓発に没頭している。ビジネス書、スピリチュアル、お金の本、たちは面白い。SFやミステリーは脳が疲れる。ラノベのように頭を空っぽになって読める本もたまに読む。

 理人の脳は難しいことを受け付けなくなった。高校の成績が一気に落ちた。でも、これでよかったと思っている。

 人生に純文学、ミステリ、SFは必要ない。自分が元気になる自己啓発書関連の本を読めさえすればいい。好きな本を読み、アニメを見、映画を楽しむと病気が和らいだ。昔はアニメも映画も見る気力がなかった。うつ病は本当に怖い病気だ。食事をしても味がせず、砂を食べている感覚に陥る。外を歩いても車に飛び込みそうになり、電車が来ると黄色い線を越えてしまいそうになる。

 ――死ぬのかな、俺?

 昔の理人は絶望していた。部活も勉強もできず、ただ単に体重が増えていく。

 飼われた豚は不幸だ。満足な豚よりも不満足なソクラテスになりたい。

 理人は、家族に、一人暮らしと本とを頼み、自分の世界に引きこもった。

 もういい、もういいや、死ぬよりも自己啓発していたほうが100倍マシだ、と理人は自分の世界を作った。

 なのに、彼女は平気で防衛線を超えてくる。

「おはようございます、理人さま。朝ごはんの用意はできていますよ」

「んん、なんでお前がいるの?」

 海上日葵。“悪”を宿した少女。

「昨日のうちに合鍵を盗んでおきました」

「泥棒と家宅侵入で出てけ犯罪者」

「ふえ~ん」

 泣きっ面の日葵。

 そういえば、と思う。理人は昨日、久しぶりに外に出た。不思議と。死にたいとは思わなかった。

 部活や勉強に愛想をつかした理人。自分の分身のような存在、ヘッセの車輪の下の主人公だと最後、死ぬ。でも理人は死んでいない。自己啓発のおかげだ。好きな本というのはそれだけ偉大だった。加えて、日葵という少女は、自己啓発そのものを象徴としている、カンフル剤となった。

第7話 オフ会

 白い猫によって集められた善の能力者たち。1000人規模のオフ会を敢行することは混乱なので、ネットのオンラインサロンに参加し、可能な人だけオフ会をすることになった。ラインでグループを作り、海山市に集合できる人を募る。

 今日、10人と一匹の猫がオフ会に参加した。理人が行きつけの食堂に集合し、それぞれ挨拶する。まずは善なる能力を発現する原因を作った“悪”日葵さんから。

「初めまして。海上日葵です。女子高生やってます。今は地球滅亡の危機を救うチャネラーをしてます」

 相変わらずの電波発現。しかし、ここに集まった人は誰も反論しない。なぜなら猫のテレパスで超能力者がいることを確信させられたから。また、自身も超能力者になってしまったから、日葵の言葉を信じる。“悪”なる日葵をやっつければ地球は無事に平穏を迎える。

 となるはずなのだが。

 それぞれの参加者が挨拶をする。冴えないリーマン。売れない地下アイドル。ぼっちの中学生。パチンコ好きの中年。みんながみんな、暗い。

 白い猫曰く、「善は人生に絶望している人間に与えられた」とのこと。

 善オフ会のはずが、自殺サークルの暗い雰囲気を催す。

 理人も人のことは言えない。文字が読めなくなり、勉強や文学ができず人生に絶望していた。

 日葵と猫を除き、社会の不適合者なる称号を得た9人の者たち。会話はあらぬ方向へ進んでいく。

 ぼっち中学生のいじめられっ子が発言した。

「あの、このまま地球を滅ぼしませんか?」

 女子中学生の彼女はクラスで浮き、ライングループでハブられ、嫌がらせを受けていた。

 同じく冴えないリーマンが言った。

「会社の上司がパワハラで困っています。社会をめちゃくちゃにしませんか?」

 彼は成績が悪く、上司や同僚からいびられていた。

 売れない地下アイドルもパチンコ好きの中年も社会を憂いていた。

 何にも楽しくない。人生辛いだけ。いじめや嫌がらせ、パワハラ、セクハラを受けて苦しんでいた。だからみんな思う、世の中をぶっ壊そう。

 オフ会は不平不満を言い合う方向に転換し、延々と社会を批判していた。

 食堂の日替わり定食を食べながら、理人は思う。ここに集まったのは社会の負け組ばかりなのだ。過去の栄光にすがり、今が不安定で将来を不安に感じている。彼らは人脈も希薄で助けてくれる人がいない。唯一、善という能力で集まった集合知。

 10人足らずの彼らは言った。地球を滅ぼそう。

 理人は白い猫と密会する。

「猫、どういうことだ?」

「仕方ないんじゃねえの」

「え?」

 考えが読める白い猫はかなり頼りになる。みんなの思考を読んでもらった。

「ここにいる奴らは凡人ばかりだ。それもいじめを受けてきた連中ばかり。奴ら凡人は、ある日、とんでもない能力を手に入れたんだ。凡人が超人になる能力。そんなものを手にしたら、復讐したいと思うのは当然じゃないか」

「復讐……」

 不穏なワード。

 オフ会で分かったことは、1000人規模の能力者たちは、誰もが、“悪”をやっつけるつもりではなく、むしろ、その能力を使って社会に復讐したがっている。白い猫はそう言った。

 理人は気持ち悪くなる。自己啓発オタクとして彼らの暗い話が生理的に受け付けられない。無理、疲れた、面倒くさい、とか。誰々の愚痴とか不満とか。暗い話ばっかり。社会の未来の明るい話が一つもない。みんながみんな、過去、こんなつらい経験をしました、と自慢話のように自虐ネタに走る。理人は吐き気がした。

 そもそも怖い。善なる能力者たちは社会を滅ぼすつもりなのだ。失礼ではあるけれども同じ人種ではないような気がした。

第8話 休憩

「ちょっとトイレ」

 オフ会のメンバーに伝え、外に出る理人。

 賑やかな店内を後にし、お客の靴をまたぎ、外の空気を吸う。

「ふう」

 自己啓発を読んでいると、関わってはいけない性格が分かってくる。それは、成長しない人、今回のオフ会メンバーでいえば、ネガティブな話ばかりをする人だ。人間は過去は変えられない。しかし、現在は変えられる。成長する人とは未来に希望を持ち、努力する人を指す。努力の形は何でもいい。金持ちになりたいでも、モテたい、でも夢は自由だ。自己啓発が愛する人物とは、夢を持ち、それに向かって行動できる人を指す。だから理人は引きこもりに絶望しながらも黙々と本を読んでいる。将来は明るい。なのに今回のオフ会に来た人物たちときたら、言葉が悪いが、自殺志願者の愚図。過去の暗い話ばかりを自慢げに語り、社会に不平不満をぶちまけている。そのくせ行動や努力が感じられない。すべての原因を自分の外の人間に依存している。

「ダメだ。話がまったくできない」

 よくIQの差に開きがあると会話が成立しない、と聞くが。今回のこれは生理的な問題だ。好みの問題。例えば、理人は中学まで野球をやっていた。野球を観戦するのは好きだが、生理的に野球を受け付けていない。野球が嫌いなのだ。だから年取って将来の夢や希望がなく、年がら年中、20年前、30年前に、甲子園に出場した自慢をする大人が大嫌いだった。

 別に野球を愛している人、野球に人生を捧げている人が悪いわけじゃない。相性の問題なのだ。理人は成長の望めない、甲子園自慢をする大人が大嫌いだった。

 生理的に合わない人間は無理。無理で無理でしょうがない。もちろん大ベストセラーの『嫌われる勇気』を読み、甲子園自慢するおじさんに積極的に声をかけたこともあった。しかし、どうやら理人は、野球を愛している人、または野球に人生を捧げている人と合わなかった。合わせる努力はしたのだ。1年以上、野球で生計を立てている監督に合わせてみた。『嫌われる勇気』のおかげだ。しかし、全然だめだった。

 結局の話、相性はある。水が上から下に落ちるように、理人は甲子園に出場した、野球好きの監督と相性が最悪だった。

 ならば無理する必要はない。理人は頑張って接した。それでだめなら諦めて新しい出会いに期待しよう。引きこもりながら彼はポジティブなのだ。

 話を元に戻す。今回のオフ会の参加者とは相性は最悪。なぜなら理人が気持ち悪くなるほどだから。これは野球に人生を捧げた監督と比べて、同じくらい、相性が合わない。けれど諦めない。関わってはいけない希死念慮の強いグループと積極的に接してこそ、問題を打開できるかもしれない。

 課題の分離。

 暗いオフ会メンバーは変わらない。人は簡単に変えられない。変わるのは自分しかいない。

「大丈夫、大丈夫、大丈夫。きっとうまくいく。俺はできる」

 そう呟き、店の中に戻っていった。

第9話 悪

 と、あれこれ言葉を並べたが、言いたかったことは一つ。

 つぶされたのだ。

 理人は野球を通してかけがいのない経験を得たと同時に、心身にダメージを負った。もし、彼の教訓を生かせるのであれば、学生や社会人の方に言いたい。

 潰される前に辞めろ。逃げろ。避難しろ。

 コミュニティにおいて潰されるのは避けるべき。理人は潰された後に、嫌々ながら実感した。組織が個を排除しようと動くとき、限られる手はほとんど何もない。郷に入りては郷に従え、とも言うし。可能な限り、潰される前に最悪の事態は避けるべきだ。

 オフ会において理人は異物だった。みんなが地球への復讐を熱く語る。まるで社会に嫌がらせする未来が明るいように、それぞれが犯罪行為に手を染めようとする。善を得たことで心が大きくなっている。これはかなりまずい。しかし、理人一人で八人の暴走を止めるすべはなかった。反対意見を出せば潰される。正攻法を唱える高校生を受け入れるオフ会メンバーは誰もいなかった。

 大人は酒を飲み、大人同士で語り、未成年は未成年でジュースを片手に語り合うようになった時間帯。理人は日葵から呼び出しをくらった。

 もうどうすることもできない絶望を抱えていた理人は、作戦会議なる日葵の提案に乗る。これで彼女もことの異常性を言及してくれるだろうと期待したのだが、ことごとく裏切られる。

 店を出て、近くにある公園でブランコに乗りながら、横同士で話し合う。

「ねえ、すごいでしょう。みんな地球を壊したがっている」

「どういう意味だ?」

「理人には言ってなくてごめんなさい。実は、“悪”はすでに顕現している。そして、私、海上日葵こそが“悪”の主人格。地球滅亡はすでに作戦を開始している」

「なるほど。お前が地球を滅ぼすのではなく、善が地球を滅ぼすのか」

 妙に納得した。“悪”を倒すために生まれた善なる超能力者。地球が選抜した彼らが実はトロイの木馬の役目を果たし、逆に地球を滅ぼすのだ。至極当然、彼らは社会に虐げられてきた代表者。地球に強い恨みを抱いている。

「裏切ってごめんなさい。すでに“悪”は実行していたの。白い猫に会ったのも偶然ではない。一人では何もできない善たちに集まってもらって目的を共有してもらうのに必要だった。地球を滅ぼす。今後、彼らはどんどん増え、増長した能力で現代の人を駆逐する」

 地球が選抜した自殺志願者を“悪”は利用し、逆に彼らを使って地球を破壊する。たぶん、可能だろう。オフ会の内容は10人ぽっちだったけれども、それが1000人一万人と増えていく。すべては強大な力を持ちながら社会に反旗を翻す。

 理人は真面目に考える。

「“悪”、俺はどうすればいい? 能力でお前を消せばいいのか?」

「できるの? 心に傷を抱えた者たちが輝く未来が来る。引きこもりには最高の地球を再構築するのよ」

 性欲に負けて“悪”を倒すこともできる。しかし、理人の腰は動かず、ただぼんやりとブランコを漕ぐ音だけが公園に響いた。

第10話 不安

 不安だ。不安だ。不安だ。

 外に出るのが不安だ。

 不安だ。不安だ。不安だ。

 人と合うのが不安だ。

 不安だ。不安だ。不安だ。

 考えるのが不安だ。

 理人は思考停止して“悪”なる日葵の奴隷になりたがった。不安で不安で仕方ない。外に出るのは億劫だし、人と合うのは滅入る。自室にこもり、本だけの世界を堪能し、成功者の思考を真似することだけが至福だった。

 善なるものは怖い。思考はどんどん沼に落ちていき、過呼吸のように不安が駆り立てられる。心臓が痛い。頭痛する。心が萎む。自分一人ではどうしようもできない事に震えがする。

 深海理人は主人公の器ではなかったのだ。高校で野球部に入ったのが間違いだった。陰キャは陰キャらしく、地味にアニメを楽しんでいればよかった。野球で陽キャに揉まれるのは疲れた。

 自分が悪い。彼はにっちもさっちもいかなくなった。

 だから、頼った。誰に? それは、悪魔にだ。

「ゲーテの作品。メフィスト。万能なる悪魔よ、俺を主人公にしてくれるか?」

「そうだね、理人。君は弱い。私の力を借りなければ立っていられなくなるくらい、弱い」

「ああ、俺は弱い。すごく脆い。ただの陰キャの引きこもりだよ。自分一人では何にもできやしない。だから……」

 一人の無力な少年は悪魔に誓った。公園のブランコから立ち上がり、彼女を求めた。

「悪魔よ、俺を万能なる存在してくれ。ありとあらゆる欲望を満たしてくれ」

「君は何を求めるの? 成功? 地位や名声?」

「ありとあらゆる全てだ」

 引きこもって本を読んでいただけでは得られないもの。行動力。いくら自己肯定感を強めてポジティブになっても欲しているものはあっちからやってこなかった。けれども、この悪魔ならば何でもできる、可能にする。今、晒されている恐怖や不安を、悪魔は打ち消してくれる。

 これは魂の契約だ。善とは何か? 悪とは何か? 悪魔に魂を捧げて思考停止で人生を逆転する。いやいや、よくよく考えれば本末転倒かもしれない。悪魔は言った、地球を滅亡させる、と。悪魔に魂を売った主人公は言った、分かった。君についていく、と。地球を、歴史を、文化を、人類を作り変える。創造主の域に達した悪魔は、すべての人間に鉄槌を下す。

 理人は自分が自分じゃなくなっていく感覚に陥る。まったく困った。軽い宗教だ。洗脳や催眠、自己暗示の一種だろう。日葵なる悪魔と一緒にいると、理人は理人でなくなっていく。

 だって人間は弱いのだから。神に頼む人もいれば、悪魔に頼る人がいてもいいだろう。理人は地球を防衛することを諦めて、思考停止し、悪魔を味方につけた。彼女に何もかもを投げ打って、すべてを捧げよう。

 もう、辛いのだ。

 好きな野球ができなくなることや陰キャは野球部に馴染めないこと、監督との不和そして勉強に置いていかれた引きこもり高校生。全部が辛い。

 理人は、悪魔に頼んだ。

「俺にありとあらゆる成功を手に入れさせてください」

 たとえ地球がおかしくなろうとも、悪魔は彼を受け入れる。

「任せてください、理人さま」

 二人は親友のように握手を交わす。

第11話 悪魔

 悪魔となった深海理人の朝は早い。布団から抜き出て、歯磨き、着替えを済ませジャージに着替える。お気に入りのシューズを履き、日課のジョギングをする。前の引きこもり生活では考えられないような日課。悪魔と取引したために訪れた日課であり、健康のためのロードワークだ。15分のジョグを終え、シャワーを浴び、朝食をとる。納豆、バナナ、鶏肉。比較的健康に良いものを食し、口に放り込み、咀嚼していく。健康は素晴らしい。最近、お気に入りの服装に着替え、町に繰り出す。

 海山市に1000人規模の超能力者が集まり、軍団が出来上がった。その名も『善の会チャネラー軍団』。理人は別人のように女子に話しかけ、遊びにいく約束をする。お相手はオフ会で面識のあるいじめられっ子の中学生と売れない地下アイドル。仮に、いじめられっ子を中学生と呼び、売れない地下アイドルをアイドルと呼ぼう。

 理人は人が変わったようにナンパした。

「やあ、中学生にアイドル。今から遊びに行かないか?」

 1000人規模の超能力者たちは学校や仕事を辞めて海山市に集まった。なので中学生やアイドルは不登校扱いとなる。

 理人のナンパは結果は、NG。失敗に終わる。しかし、理人は気にしない。恋愛とは打席に立ってバットを振った数に比例する。今、二人がダメでも、残り九十八回をナンパすれば必ず成功すると信じている。

 と、次にナンパに行こうとする理人の後ろから助け船が。教祖の日葵さんだ。

「私が一緒なら大丈夫でしょう。男一対女三で遊びましょう」

 それなら、と中学生とアイドルが納得する。日葵は悪魔として絶対なる権力を有していた。

 中学生が問う。

「深海さん雰囲気変わりましたね。日葵さまにどんなお願いをしたんですか?」

「ああ、とりあえず彼女が欲しいと願った。すると不思議なことに100回のナンパに挑戦しようとやる気が噴き出たんだ」

 女性陣は引くかもしれないが、男はやれれば誰でもいい。10代、20代の、比較的若い女性を彼女にして童貞を卒業しようと考えた。すると、理人の頭の中で彼女を作る方法が思い浮かび、即実行に移すことに決めた。ポイントは女性のいるグループに所属すること。話しかけること。まずは友達からと連絡先を交換し、距離を詰めること。理人の場合、『善の会チャネラー軍団』がグループとなり、すいすいと事が進んだ。日葵のおかげもあり、中学生とアイドルの連絡先を交換する。

 実際、恋愛は女性とお喋りできれば、すぐ、なのだ。後は相手から好きという言葉を引き出すだけ。理人はなぜやる気に満ち溢れ、いつでも彼女ができる思いに達していた。元引きこもりなのに。これはすごいことだ。

 日葵、中学生、アイドルの女子三人と遊びに行く。悪魔的所業。

第12話 カラオケ

 適当にカラオケに入り、女子三人で歌ってもらうことにした。男がいると恥ずかしくて歌えないという中学生への配慮だ。もっとも理人はお金を十分に持ち合わせていなかったので、急の埋め合わせをした。

 カラオケの外に出て、冴えないリーマンにラインを送る。今は仕事を辞めたので、普通の男性だ。みんなから銀行と言われている。

――お金貸して。

 ラインの返事は二つ。OK。

 元冴えないサラリーマンの能力は、銀行そのもの。無限にお金を生み出すことができる。善の会チャネラー軍団の全員を養っていけるほどの力を持っている。だから、みんな学校やら会社やらをやめたのだ。

 ラインに送金してもらおうと思っていると、意外と近い場所にいたので直接会うことになった。カフェで落ち合う。善の能力者のお金はすべて元冴えないサラリーマンが養っている。今では銀行さんというあだ名まである。だから理人も彼を銀行さんと呼ぶことにした。

 カフェで待つこと10分。銀行さんが姿をあらわす。

「日葵様と遊びに行かれたって聞いたんですけど、いいんすか?」

「初対面だし。適当に女子三人でやってもらってる」

 オフ会の時は、まさか自分が日葵側につくとは思わなかったので、中学生ともアイドルとも密な会話をしていない。ほど初対面だ。

「日葵様合わせて10代みんなでカラオケなんて青春ですねー」

「そうでもない」

 最初は彼女をつくるためにナンパをした理人だったが、日葵の助け舟で案外すんなり遊びに出掛けられたので、理人は白けてしまった。何事も簡単すぎるとつまらない。今まで女子に足して奥手でいたのがウソのようだ。今なら10人でも20人でも彼女をつくることができそうだ。

「セックスもすぐに飽きてしまうのだろうか?」

「どうでしょうね。私の場合、オナニーのほうが100倍気持ちがいいですけど」

 銀行さんは妻と結婚していて、疎遠らしい。10代の遊び盛りを羨んだ。

「はい、とりあえず10万円渡しておきます。私が本気でお金を刷れば市場に大量に偽札が出回り、よくないことが起きるのでこれ以上は勘弁してください」

 能力による偽札を国は規制できない。本物と瓜二つの札を取り締まる法は存在しない。

「いえ、十分だ。ありがとう」

 と、言って理人が立ち上がろうとすると銀行さんは待ったをかけた。もう少しお喋りしたいらしい。

 理人は二杯目のコーヒーを注文した。

「私は能力者になる前に冴えないサラリーマンをしていました。その時の上司が厳しい人で、新人を潰す叱り方をしてきました」

「それはお気の毒」

「はい、ですから日葵様には感謝しています」

 彼は無限にお金を製造できる銀行だ。上司のパワハラに悩むことはもうない。

 銀行さんの話によれば、パワハラ上司はコーチングを応用した、ダブルバインドの怒り方をしたらしい。銀行さんが仕事にミスすると、「真面目にやっているのか!」と怒鳴り、銀行さんが、はい真面目にしています、と答えると、「では、なぜ真面目にやっているのに仕事ができないんだ!」と追撃をかけた。逆に銀行さんが、いいえ手を抜いていましたもっと頑張れます、と答えると、「真面目に仕事をしないやつは辞めてしまえ!」と猛烈に怒った。つまり銀行さんが「はい」と答えても「いいえ」と答えても、どっちも上司がきつくパワハラできるような環境――ダブルバインド――に置かれた、という。

 銀行さんが甲を選んでも乙を選んでも、どっちを選ぼうとも上司に怒られた。甲乙の逃げ場なかった銀行さんは自己肯定感が低くなり、どんどん冴えないサラリーマンになってしまった。

 パワハラのやり方は洗脳に似ている。何を選んでも怒鳴り、思考停止状態にして、奴隷のように働かせるのだ。なまじ心理学の知識のあった上司は、飴と鞭を使いパワハラを増長させていった。

 人間は変わらない。小学生みたいな大人は、ずっと小学生のままなのだ。

 何にでも興味を持ち、多動的な小学生は素敵だが、なまじ知識を持ち合わせた新人潰しのパワハラ小学生は素敵じゃない。人間が会社を辞めることを正義と勘違いし、人を攻撃することに内心、愉悦を感じている。

 こんな人間はどこにでもいる。会社ガチャ、同僚ガチャ、上司ガチャ、得意先ガチャ、ガチャを引き続けるしか優良のレアを選ぶことはできない。その点、超能力者になれたことを銀行さんは喜んだ。

「この能力があれば一生みんなを幸せにできる。国はベーシックインカムを渋っているが私はずっとベーシックインカムし続ける。不要な労働、パワハラを無くすんだ」

 お金を配り続けることで銀行さんの野望は達成される。確かに、労働の撲滅は地球を壊すのに一役買う。

 愚痴を聞き終わった理人は、銀行さんに約束する。

「大丈夫、俺が社会をぶっ壊す」

第13話 おめでとう

 時は進み。

 冴えないリーマン銀行さんの愚痴を聞いた。パチンコ好きの中年の悩みを聞いた。カラオケでいじめられた中学生や売れない地下アイドルと触れ合い、彼女らの胸中を聞いた。みんな思うことはバラバラでも根幹は同じように“人間関係”の悩みだった。銀行さんはパワハラ、中年は孤独、中学生はいじめ、アイドルはグループ内の不和。みんな違ってみんな善い、というけれど、今回の場合、みんな違ってみんな似ているだった。

 人間関係の悩み。それさえ防げれば。

 ふっと、自分の家に帰った理人は思う。なぜ引きこもりはいけないのか?

 引きこもりになれば人間関係の悩みが九割型なくなる。誰とも会わず、自分の好きなことをして生きていれば人生最高ではないか? 悪魔は言った。引きこもりに最適の地球に変えてみせる、と。しかし、地球を滅ぼすのは間違いではないか。理人は思った。引きこもりこそ最高の天国。

 瞬間、脳内に衝撃が走る。

 銀行さんも中年も中学生もアイドルも、仕事や学校をやめても人間関係の悩みは付きまとう。ならばいっそうのこと引きこもればいいのではないか。自分だけの世界。マイワールドを確立すれば、パワハラも孤独もいじめも不和も全部なくなる。

 全部、なくなる?

「おめでとう」

 脳内で誰かが呟いた。

 それは銀行さんかもしれないし、中年かもしれない。中学生かもしれないし、アイドルだったかもしれない。四人が拍手したのだ。

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

 ――コングラッチュレーション!

 幸せとは、誰かに復讐したり滅ぼしたりすることではない。当たり前の日常を続けていく事なのだ。深海理人は引きこもり生活こそが自分のあるべき姿だと悟った。

「俺は、一生引きこもりながら生活しよう。外出は運動と買い物だけ。在宅で遊びながら稼ぎ、遊びながら余生を暮らすんだ」

 悪魔の力なんか借りなくていい。理人は望んだ生活を手に入れていた。今は親の仕送りに頼る生活かもしれない。けれども将来的に自分で生活できるよう自立しよう。ネオニートなる最強の称号を手に入れ、自宅で社会貢献するのだ。

 働かなくていい。一生遊んで暮らせばいい。

 理人が出した結論だった。

 働かなくても生きていける。引きこもりながら、世界中の人とコンタクトするのだ。

「おめでとう、もう一人の俺」

 脳内で悪魔に魂を売った理人が拍手した。

「ありがとう、もう一人の僕」

 弱い、けれども、今は強くなった、元引きこもりの理人がお礼した。

 悪魔は必要ない。今の生活が一番幸せなのだ。そう気づけた。

第14話 VS悪魔へ

 パチンコ好きの中年の能力に『ループ』というものがある。彼は2万円以内にパチンコの当たりが出ないと店を出る。すると、彼の願いである“あたり続けるまでパチンコを打ちたい”という欲求が昇華され、過去に戻ることができる。

 ループするのは、たった一つだけ。本人が心の底から本当に願っている望みをかなえる。競馬に勝ちたいと願えば、過去に戻り、当たり馬券を拾うことができるし、テストで100点を取りたいと願えば、100点取るまで同じ問題を繰り返し受けることができる。

 デメリットは、心の底から願わなければならないこと、また、たった一つだけしかループできるないということ。

 パチンコ好きの中年の願いはくだらないかもしれない。しかし、彼は真剣なのだ。彼の請う、当たりが見たい、という欲求はすごく強い。それが能力となる。

 『ループ』のメリットをあげるならば一つある。ループ能力が他人に付与でできる点。だから理人が望めば、パチンコ好き中年からループ能力を授かることができる。

 以下、理人の願い。

「海上日葵という少女を救いたい」

 と中年にお願いした。

「それが本心かね?」

「本心は、引きこもり生活に戻りたい。そのために日葵の悪魔を封印したいと願っている」

 もし理人の願いが聞き届けられれば、彼は何度でも悪魔に立ち向かう。一方、理人の願いが聞き届けられることは、中年男性の善なる能力を無くすことに等しい。

 好きなことだけしてい生きていけ。字面は爽やかでかっこいい。しかし、どれだけの人が好きなことだけで飯が食っていけるのか。人生経験の豊富な中年男性は熟知していた。理人は懇願する。

「日葵を倒し、元の引きこもり生活に戻りたい! んでずっと遊んで暮らす」

 これを聞いた中年はため息をつき、語りだす。

「私はパチプロになりたかった。しかし、時代はパチンコ屋を規制し、勝てなくしている。20年前であればパチプロはいっぱいいた。だが、今はどうだい? パチンコだけで勝てる人はほんのひとにぎりしかいない。私はずっとパチプロを目指していた。今は違うかい? 勝率100%。負けても勝てるまで何度でも繰り返す」

 中年男性は夢を実現している。銀行さんと同じようにお金に困らず、死ぬまでずっとパチンコを打ち続けるだろう。しかし、そんな人生でいいのか。

 友達はいるのか、飲める仲間はいるのか、理人は聞いた。

「ずっとギャンブルして一人で大丈夫なのか?」

「それは……」

 本来、パチプロとは集団を指すことが多い。イベント日に軍団を作り、メイン機種を占拠し、設定6をつかむもの。仲間内で情報交換して、大勝したら、みんなで焼肉や寿司を食べるのものだ。しかし、中年は一人で完結してる。たった一人で淡々とパチンコを打ち、友達も家庭も顧みず過ごしている。

 まるで機械じゃないか。

「中年さん、夢はかなった? 馬鹿じゃないか。賭博は勝つまでに試行錯誤する過程が一番大事なんだ。その努力が報われるのが大事なんだ。でも、あんたはずっと孤独じゃないか」

「うるさい、孤高と呼んでくれ」

 ギャンブル依存症に友達がいない人が多い。なぜなら友よりも金を優先し、友達から借りた金を返さず、家族に暴力を振るい、犯罪をする輩がいるからだ。真の依存症は法を超える。

「地位も金も女もすべてを手に入れた人生はつまらない。中年さん、あんたに夢を、ドリームを与える。能力を使わなくなった昔に戻るんだ」

「うう」

 中年は悩んだ。昔は攻略雑誌を買ったり、ユーチューブを見たり、ブログで勉強しながらパチンコを打った。スロットの技術介入に、面白くもないAタイプを、一日中回した。トータルで負けがどんどん積みあがった、でも楽しかった。パチプロになりたいと思い続けて20年。夢がかなったのは偽りだったのか、中年は警鐘を受け取った。

 100人中1人。たしかに今の規制が厳しくなった業界にもプロはいる。

 絶対に勝てるイージーゲームは家スロのようで飽きる。また、あのひりついた感覚を、中年は味わいたくなった。

「深海くん、私の負けだ。夢がなくなったのを認めよう。また、昔みたいに戻してくれるね」

「ああ、日葵の悪魔を倒して、中年さんにでっかいドリームを見せますよ」

 深海理人は『ループ』能力を得た。

第15話 VS悪魔

 ループ能力。深海理人は旅に出た。何度も何度も繰り返す旅。

 ある旅ではいじめられた女子中学生を救い、フラグを立てた。ある旅では売れない地下アイドルのプロデュースに成功し、グループ全員からモテモテになった。

 ある旅ではパワハラに苦しんでいる冴えないリーマンを助け、ホワイト企業に転職を成功させ、彼はぬくぬくホワイト企業に勤めながらユーチューブをやっている。また、ある旅ではパチンコ好きの中年をギャンブル依存症から直して、彼にスロットの面白さを伝え、パチプロになることを成功させた。

 4人だけじゃない。

 深海理人は、悪魔の日葵を倒すために、地球から善に選ばれた1000人のすべてを救った。何度も何度も繰り返して。彼らの悩みは常に人間関係にあり、改善に取り組んだ。白い猫は餌をあげた。捨て猫だった彼は、理人の家で飼うことにした。白い猫は人間の飼い主から捨てられた悩みを、能力に昇華させていた。

 これで舞台は整った。

 理人は最後のワープを行う。日時は、海上日葵と初めて会ったとき。の少し前。

「大丈夫、大丈夫、俺はできる。何度でもやり直せる。人生は素晴らしい」

 今まで読書に励んできた引きこもり生活は無駄じゃなかった。一人の女の子を救うために、1000人以上におよびコンサルティングを成し遂げた。

 理人ならできる。自分自身にそう思い込ませた。

「グッドラック」

 ループ能力で自分の部屋に戻る。意味不明な電波女が初めて訪れた日。決着の時。

 引きこもりだった理人はドアを開け、外に出る。勇気を踏みしめ、一歩。場所は、おのずと分かる。公園だ。そして、ラスボスに声をかけた。

「やあ、リココス星雲から降臨した天使さん。僕の名前は深海理人、初めまして」

 理人は後ろから声をかけ、振り返った彼女の横顔を見た。海上日葵は驚いた顔をし瞬間、すべてを理解したかのように笑う。にやり。もう悪魔の顔だった。

「ほう、人間。私が誰だか理解しているのかね?」

「ああ、あなたの名前は海上日葵。悪魔に則られる前にすんでのところでチャネリングし、僕に助けを求める少女だ」

「くっくっく。そうじゃのう。半分、私。半分、本物の日葵といったところか。今は混ざり合っておる」

「表面的には悪魔がいる。でも本物の日葵さんはまだ負けていない。最後に力を振り絞って僕に助けを求めた。そう、ファックしてください、ってね」

「なるほど、人間。悪魔を倒す力を持っているらしい、しかしむず痒い能力じゃな。どうする? 私を押し倒すかい?」

「いや、僕は能力を使わない。なぜなら、あることに気付いたからだ」

「ほほう」

 にやりと笑う悪魔。理人は1000人を超えるループの結果、あることに気付いた。

「僕に『セ〇クスをすると悪魔を封じる』という能力は存在しない。最初から悪魔を倒す善なんてないんだ」

「無い? なぜ私を倒す能力が無いと言える?」

「あるというなら僕に教えてくれ。もし無いのなら悪魔の証明だ」

 悪魔を倒す方法はない。

 1000人以上の善なる能力者と関わった理人だが、その中で悪魔にダメージを与えるものはなかった。つまり、本物の海上日葵は騙されていたことになる。

 すべては理人が悪魔をレイプするよう誘導するための仕組まれた罠だった。そう、結論付けた。

第16話 VS悪魔⓶

 となるとある矛盾が生まれる。

 悪魔を倒す能力は存在しない。では、なぜ嘘をついた。

 リココス星雲でも地球でも何でもいいが、ある物体Xは絶望している人間に善なる能力を授けた。すべては地球を滅ぼすため……滅ぼすため?

「全部嘘だよな、悪魔」

 最初から存在Xは地球を滅ぼそうとしていなかった。すべては悪魔が作り上げた嘘とどのつまり、でっち上げ。じゃあ、何のためにそんなことをしたのか。

「悪魔、すべては少女が願ったからなんだ」

 ある少女が願ってしまった。地球を滅ぼしたい、と。

 その願いが存在Xによって具現化され、善なる能力として開花した。

 理人は日葵を両手で抱きしめて抑え込んだ。

「悪魔の正体。それはすべて虚栄なんだ。海上日葵という少女が願い作り上げた能力『悪魔になる』という善。お前の正体は能力者による二重人格なんだよ」

「人間め、やめろ、離せ」

 抵抗する悪魔を力いっぱい抱きしめる理人。もう離さない。

「僕は君を助けたい。悪魔になって地球を滅ぼそうとする中二病で、電波で、そんでもってチャネラーな君を救いたいんだ!」

 海上日葵という少女は悪魔になることを願った。悪魔はそのカリスマ性から善なる能力者をまとめあげた。実際、地球と話した白い猫は、存在Xと会話もしたが地球を滅ぼせという命令は一度も下されていない。すべては悪魔の仕組んだ罠だった。

「僕に悪魔を倒す力は存在しない。でも悪魔から助ける方法はある。二重人格を自覚してくれ、日葵さん。僕が君を絶対助ける」

「私が、この高潔なる悪魔が、ただの人間だと!?」

「ああ、君はずっと悪魔のふりをした人間だったんだ。願いを叶えてきたのは善なる能力。悪魔も君の一部だ」

「嘘だ、嘘だ、嘘だ、いやぁあああー!」

 悪魔の皮を被った日葵が叫ぶ。辛かったろう、寂しかったろう、理人にはよく分かる。人間誰しも他人になりきり世界を批判したくなることが多くある。1000人救う旅で気づいたことは、人は弱い生き物なんだ、ということだ。

「だから僕らは引き寄せの法則を使う。願望を口に出してお互いを引き寄せあう」

 かのエイブラハム様。どうか、日葵を、彼女を救ってくださいませ。

 もし存在Xという超能力者の親玉がいるのならば、この物語を、ハッピーエンドに変えてほしい。いや、他力本願じゃだめだ。引き寄せの法則を使う。この物語は深海理人と海上日葵のハッピーエンドなのだ、と思い込む。

 最後は神頼み。馬鹿馬鹿しいかもしれない。しかし、案外悪く。結局、神頼みだの引き寄せの法則だのを信じた人が成功者となり、幸せになる。

「チャネラーの日葵さん。僕は救われた。だからあなたも救われる。僕が決めた」

 奇跡が起きた。

 二人は光り輝き、発光し、蛍の光になる。

 1001人目の少女。すべては救われた。

第17話 エピローグ。これっぽっちの幸せ

 神に願いを書いてみよう。具体的に両手で数える程度の量と優先順位をつけてこれだけは『絶対にかなえる』という自分の軸を持とう。

 深海理人は、引きこもりながら稼ぎ、生活するという願いを持った。高校を中退し中卒ながらネットビジネスを調べまくっている。株式投資、FX、バイナリーオプション、ブログ・アフィリエイト、スキルの売買、という風に稼ぐ手段はいっぱいある。今までの自分は必死になって引きこもる生活を考えていなかった。それが、あら不思議。願いを紙に書くだけで今までのことがウソのように新しい道が見えてきた。

 人は、バイアスを持っている。だから普段は気が付かない。しかし、例えば、『赤、赤、赤』と唱え、紙に書き出して外出すると、今まで見えなかった赤色のものがたくさん見えてくる。これはカラーバス効果といって、脳が勝手に赤色を探してしまうからだ。引き寄せの法則もこれに同じ。類は友を呼ぶ、笑う門には福来る、と、欲しいものを書き出せば、脳が勝手に願望をインストールし、欲望を満たすまで行動をがんがん起こす。

 だから。理人は幸せだった。

 ブログを書いている最中、スマホにラインが表示される。日葵から。

『ブログ読んだ。頑張れ!』

『ありがとう。クリックしてくれれば僕にお金入る。毎日クリックして』

『不正は許さん。今から行くね』

 と今では日葵とライン仲間。友達だ。

 初めての女友達。毎日連絡しあい、わくわくが止まらない。

 ちなみに一個目の願いは、引きこもりながら稼ぎ、生活する。

 そして、深海理人の二つ目の願いが、

 ピンポーン。「お邪魔しまーす」

「はーい、どうぞ!」

 二つ目の願い、それは、日葵に告白する。という内容だった。

 理人は10代。かなえたい願いがたくさんある。生活、恋愛、夢、お金。それら、すべてを引き寄せていく。紙に書かれたたった10個の願いが、どんどんと実現していく。

 ちなみに10個目は、もっと読書がしたい。だった。

「おすすめの本を持ってきたよー」

 これっぽっちの幸せ。しかし、理人が1000回ループして得た幸せ。こんなにも幸福なことがあっていいのか罪深くなる。でも、彼らはまだまだ幸せになる。

 だって世の中の絶対的な法則を知っているのだから。彼らはどんどん成長する。

 必ず。

――Fin

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